1980年発売のHFオールバンド・トランシーバーです。
アナログVFOにディジタル周波数メーターという、移り変わり時期の無線機ですが、フロントパネルは過度なディジタル化が進む前であり、非常に「かっこいい」と私が感じる通信機らしい佇まいの機械です。
ブロックダイアグラムはCQ ham radio 別冊QEX誌2018.12号p5および、ネット上に散見する回路図から。
「CARってなんだ?」
と首をかしげましたが、Carrierのようです。うーむ。
TX-830は先代のTX-820の後継となるTRIOのハイエンド機でしたが、最大の売りはIFのフィルタ幅の連続調節機能(VFT : Variable Filter Tune)と、フィルタ周波数の調節機能(IF Shift)を持っていることでした。当時はアマチュア無線家の人口も多く、狭いバンド内にひしめき合って交信していたらしく、雑誌にはこれらの技術が全面的に押し出された形の解説が掲載され、高校生だった私は食い入るようにその説明を読んでいました(ように覚えいています)。
アナログ受信機でフィルタ周波数幅を連続調節(VBT)するために、受信部はダブル・スーパー・ヘテロダイン構成になっています。そして、希望波に対して第一中間周波数である8830kHzを僅かにずらし、同時に第二中間周波数を同じに保つことで、見かけの上での第一中間周波数フィルタの中心周波数をずらしています。このトリックを成立させるためには、図のCAR-1とCAR-2がVBTの調節量に対して逆方向に偏位しなければなりません。実際には、逆方向に偏位するように「見えれば」よいため、CAR-1とCAR-2は同じ方向に偏位するのではないかと思っています。そのほうがVCXOの設計が楽なので。
一方、IF Shiftは第一局発だけ動かし、第二局発は動かしません。したがって第一IFフィルタと第二IFフィルタは連動します。その結果、見かけの上のフィルタの中心周波数が動いたように見えます。ただ、そのままだと受診周波数の微調整(クラリファイア)と同じであり、SSBなら受信音が変わってしまいます。そのため、IF SHIFTで動かした分をキャンセルするようにSSB復調器のキャリア周波数を動かしています。
TS-830の受信部は大変複雑な構成です。図ではCAR-1とVFOがまるでPLLで周波数混合されているようですが、そんなわけがありません。TS-830の”PLL”と名付けられたユニットは、実際にはCAR-1など複数のブロックを内蔵しています。また、ブロックダイアグラムに描かれていない受信バンド毎の発振器があり、第一ミクサーへの局発を作るために
- CAR-1
- バンドごとの局発
- VFO
を周波数混合するという大変複雑なシステムになっています。PLL回路はこうやって作る局発からスプリアス・イメージを取り除くためのロックイン・アンプではないかと思われます(回路図には註釈が殆ど無く、面倒なのでちゃんと追っていない)。
TS-830はトランジスタをベースとした無線機としての性能を突き詰めた装置であり、今でも多くのアマチュア無線家に修理しながら使われているようです。しかしながら、この機種の登場あたりからSSBの音の悪さが話題に登るようになってきたように思います。
8MHz 帯で455kHzと同等な急峻なフィルタを作るには相当無理な設計をしなければならないはずで、そういったフィルタと455kHzのフィルタの2段構えともなれば、帯域内の位相回転は相当のものになるでしょう。
フィルタの周波数特性に加えて群遅延特性が注目され始めたのはこの少し後だったように思います。