ひところからDSPマイコンという言葉が聞かれるようになりました。DSPとしても使えるマイコンであったり、マイコンとしても使えるDSPであったりします。以下、このコウモリみたいな分野の製品について考えてみましょう。
DSPにせよ、マイクロ・コンピュータにせよProgram stored Automatic Digital Computerであることに変わりはありません。木で鼻をくくったような言い方をすればどちらもできそこない(失礼)のチューリング・マシンですから実行できるアルゴリズムにそれほど大きな違いがあるはずはないのです。また、周波数を比べると両者の間にそれほどの差があるわけではありません(下の表)。
マイコン | DSP | |
---|---|---|
周波数(MHz) | 数十〜数百 | 数十〜数百 |
着目点 | コスト | 性能 |
性能指標 | MIPS | MMAC/S |
アプリケーション | 非・実時間制御 | 実時間制御/信号処理 |
「Pentium4はもうすぐ3GHzだよ」と、おっしゃる方。このサイトは組み込みプロセッサの話題を取り扱っていますのであしからずご了承ください。
動作周波数がほぼ同じなので両者にはそれほど差はないように見えます。そういうわけで両者の機能を兼用できないかという考えが出てきます。
とまぁメーカーとしてはこの市場を熱い視線で見ているわけです。DSPを売っている会社は比較的販売価格を高くしていますから、マイコン・メーカーから見るとうらやましいですし、DSPメーカーにしてみればマイコン・メーカーが握っている広大な市場がうらやましくあります。ところで問題は両者の融合が簡単かどうかです。まさか糊で張り合わせるわけにも行かないでしょう。まずは両者の違いから見てみましょう。そうすれば融合可能かどうかわかります。比較対照のDSPは古典的なDSPの例です。
マイコン | DSP | |
---|---|---|
記述言語 | C/C++言語 | アセンブラ |
アドレス単位 | バイト | ワード |
アドレス空間 | 1 | いろいろ |
命令長 | 16/32 | いろいろ |
バスの数 | 1系統。 | 複数。指定は明示的 |
スタック | メモリー上のスタック | オンチップ・スタック |
保護モード | ものにより | ない |
データ型 | 整数 | 整数・固定小数点数 |
アキュームレータ | 汎用レジスタ | 専用高精度レジスタ |
デュアルロード | なし | あり |
ループ | ソフトウェア | ハードウェア |
(多分に恣意的な表ですが)こうしてみると、マイコンはC/C++言語を効率よく実行することを主眼に開発されており、DSPはFIRに代表されるMAC演算を効率よく実行することを主眼に開発されていることがわかります。両者の融合が一筋縄では進まないことは自明です。新規にアーキテクチャーを起こすのならばともかく、過去のアーキテクチャーを延長したDSPマイコンの場合はかなり歪が大きいであろうことが予想されます。
さてADSP-2191は古典的なDSPであるADSP-218xを改良して、DSPマイコン的な用途をすこしだけ狙った設計になっています。
こういった改良はC/C++言語への対応と汎用マイコン的な用途を強く指向したものです。ではこれでADSP-2191をDSPマイコンと呼んでいいかというと躊躇してしまいます。最大の問題はアドレッシングです。ADSP-2191はワード単位のデータ・アクセスしかできません。これは現在流通しているマイコン用ソフトウェアを移植する上で大きな足かせとなります。最近は大規模なミドルウェアが多数流通していますが、多くはアクセス単位がバイトサイズであると仮定して設計されています。そのため、ワード単位のアクセスしかできないADSP-2191にプログラムを移植するとなるとそれなりのハードルの高さを意識せざるをえません。
一方でマイコンに信号処理を追加するアプローチを考えてみると、これも相当に難しいといえます。例えばMACユニットを追加するにしても、これを活用するには1サイクル毎に途切れなく2つのオペランドをロードしなければなりませんし、ループ命令も必要です。SH3-DSPはかなりがんばっており、この二つの条件をクリアしています。しかし、過去のCPUを拡張した代償として
といった制限があります。これらは致命的な欠点とは言いがたいので、最高性能を狙わない拡張であるのならそこそこ使えるといったところです。
このように過去のアーキテクチャーの延長としてのDSPマイコンは、資産を引きずっているだけに綺麗な形での両対応は難しいという問題があります。ただどちらかというとDSPをマイコン化するよりもマイコンをDSP化するほうが楽なように見えます。古典的なDSPにはワード・アクセスという足かせがついており、これがある限りC言語で書かれた膨大な資産のうちかなりの部分は移植に苦労することになります。また、そもそもDSPは命令のビットフィールドに冗長部が少なく、大規模な拡張は困難です。一方、RISCマイコンは32ビット命令であればスカスカというのが普通であり、かなり大胆な命令拡張を行えます。しかし、デュアル・ロード、MAC命令、モジュロー・アクセス、ハードウェア・ループなどの実装は本来のRISCマイコンの単純さを損ねかねません。
DSPマイコンはメーカーの思惑とは裏腹に、よほど成功したマイコンを元にしない限り1から設計するほうがいいのかもしれません。
さて、アマチュアにとっては綺麗に作れるかどうかが最重要関心事です。が、やっぱりプロは違う目で見るでしょう。
と、いう会話がなされているかどうか。マイコンの仕事とDSPの仕事をいっしょにさせたときに開発効率が維持できるかどうかがDSPマイコンの命運を決めると考えられます。もっとも、どれだけプログラマをこき使えるかで決まるとも言えます :-P
⇒次は畳み込み演算二態