SSBの変調方式は振幅変調波のスペクトルで説明したようにDSBを生成した後にフィルターを使って必要な側波帯のみを取り出す方式がよくつかわれます。この方法はセラミック振動子や水晶振動子による急峻なフィルタを使うことができるため容易に回路を組むことができます。しかし一方で急峻なフィルタは位相特性が悪く、音が悪いという批判もあります。
ここではフィルター方式に次ぐ第二の変調方式、フェージング式( Phasing Method )について説明します。
フェージング方式のブロックダイアグラムを図1に示します。
図1 フェージング式SSB変調器
この方式は変調信号(INPUT)を二系統に分け、位相差を持たせることで不要な側波帯を打ち消す方法です。ブロックダイアグラムをにらんでいても理解できませんので各部の相対的な位相に注目して信号の流れを追ってみましょう。
まず図2にミキサー(乗算器)の入力信号のスペクトルを示します。横軸は周波数、縦軸は強度です。入力信号は二手に分けられ、Q路に通された信号は90度位相を進められます。その結果、Q路側だけ位相ずれがおきます。
図2 ミキサーの入力信号スペクトル
I路とQ路の信号はそれぞれ搬送波と周波数混合されます。周波数混合器は乗算器で、入力信号にはDCオフセットがないためスペクトルは図3のように搬送波周波数(点線)の両側に広がりますが、搬送波自信は抑圧されるため表に漏れません。
ここで注目すべきはQ路の信号の位相です。ミキサーに入力される搬送波はI路のミキサーに与えられるものに比べて90度進んでいます。この搬送波とQ路の信号の間で周波数と位相の足し引きをおこなうと、図のようにUSB側だけ位相が180度進んだスペクトルになります。一方I路は変調信号も搬送波も相対的な位相が0度なので図2のようにUSBもLSBも0度です。
図2 ミキサー出力
こうして得られたIとQの信号を足しあせるとUSBが打ち消されてLSBのみを得ることができます。また、IからQを引くとLSBが打ち消されてUSB信号になります。
図3 加算器出力
フェージング方式はこのように巧妙で興味深い方式ですが、以下のような点をきちんと抑えなければ打ち消されるべき不要側波帯が打ち消されず、もれてしまいます。
このようにやや気難しい点がありますが、アマチュア無線家の間では70年代後半からフィルター方式のSSBの音の悪さが注目されたこともあってフェージングは盛んに実験されています。
フェージング式SSB変調で焦点となるのは入力音声信号の帯域全体にわたって90度の位相差を作る方法です。この部分の実現法はPSNとディジタルヒルベルト変換器が有名です。
PSN ( Phase Shift Network )はRC回路を使って音声帯域(アマチュア無線の場合300~3KHz)に90度の位相差を与えようというものです。RCネットワークは安価ですが特性を出しにくいのが欠点です。特に規格が定める抵抗値がPSNに必要な抵抗値と同じであることはまれで、いろいろと工夫する必要があります。私のPSNに関する知識は「SSBハンドブック」に乗っていた回路がすべてですが、80年代中期にいろいろ進展があったようでかなり大規模な回路網を使う方法もあるようです。
ディジタルヒルベルト変換器はDSPによってヒルベルト変換を行うことにより90度の位相差を作ろうというものです。ヒルベルト変換器はf(t)=1/tをインパルス応答として持つフィルターで、オールパスフィルターの一種です。インパルス応答そのものは簡単ですがt=0のときに特異点をもつことや、なかなかインパルス応答が収束しないことから帯域を制限するなどして実装を簡単にする方法が提案されています。
フェージング方式で重視されるのは不要側波帯の抑圧比です。これは温度変化や経年変化に対して十分安定であることも望まれます。高い抑圧比を得るには音声信号に90度の位相変化を正しく与えるほか、I路とQ路の特性も合わせなければなりません。ディジタルヒルベルト変換を使う場合には比較的良好な特性を得ることができるようですが、長大なFIRフィルタを使った実装でない場合は低域で不要側波帯がもれるなどの問題がおきます。
この問題を解決する方式として「第三の方式」と呼ばれるWeaver式SSB変調があります。
⇒次はウェーバー式SSB変調