フェージング式SSB変調は急峻なIFフィルタを使わなくていいかわりに入力音声信号全体に90度の位相差を与えなければならないという問題がありました。SSBが広まり始めたころ、フィルター方式の代わりとして使用されたPSNには精度の悪さという限界があり、不要側波帯を抑えきれないことがおおくありました。その欠点を解消するために提案されたのが第三の変調方式、であるウェーバー方式(Weaver Method)です。
ウェーバー方式によるSSB変調回路のブロック図を図1に示します。
図1 ウェーバー式SSB変調回路
この回路の右半分は先のフェージング方式と同じです。異なるのは左半分で、位相を90度ずらず回路の替わりに、右半分同様90度位相のずれた信号と周波数混合する回路になっています。
さっそくフェージング方式と同じように位相の観点から見てみましょう。入力信号はI路とQ路の二手に分かれてそれぞれのミキサーに入力されます。入力ではOSC1からの副搬送波と混合されます。この部分がウェーバー方式の特徴的な点で、OSC1の周波数は音声帯域の中心周波数にあわせます(図1)。点線が副搬送波です。
図2 入力信号と副搬送波のスペクトル
ミキサー1Iと1Qの出力は図3のようになります。点線で副搬送波の位置をあらわしていますが、実際にはミキサー出力には副搬送波は現れません。DSB変調の結果として副搬送波周波数の両側にスペクトルが広がりますが、下側波帯はDCのところで折り返しが発生します。これは副搬送波が音声帯域の中にあるためです。
下側波帯の位相は副搬送波の位相によって決まります。Q路の場合、副搬送波が+90度なので出力も+90度となり、折り返しの部分だけが-90度となります。I路の相対位相は変わりません。位相はOSC1の後ろの位相器で決まりますが、単一の周波数だけ90度にすればいいので精度よく実現できます。
ミキサー出力はLPFにかけて下側波帯だけを取り出します(図中点線)。
図3 ミキサー1の出力
LPFの出力は再度ミキサーでOSC2の出力と掛け合わせます。OSC2の周波数は希望する出力周波数そのものにします。ミキサー2Iと2Qの出力は図4のようになります。今回、折りたたまれたミキサー1の出力スペクトルがOSC2の両側に広がるため、USBとLSBが同じ周波数帯域の上で重なり合います。
OSC2はミキサー2Qに+90度加えられた状態で注入されます。そのため、Q路の位相は図3のようになります。一方I路の相対位相は変わらないままです。
図4 ミキサー2の出力
最後に加算器出力を図5に示します。図4のように、Q路のUSBとLSBは位相が逆転しています。一方I路ではいずれの位相も同じです。そこで両者を加算するとバンド内からLSBが打ち消されてUSBのみを取り出すことができます。LSBがほしい場合にはI-Qを実行します。帯域外への信号の漏洩は図1にあるLPFをしっかり作れば防ぐことができます。
図5 加算器出力
ウェーバー方式によるSSBの生成にはよく計算された手品のような鮮やかさがあります。
ウェーバー方式の利点は、仮に不要側波帯を打ち消しきれなくても不要側波帯は自らの帯域内に重畳されるだけであり、チャンネルの外に妨害を与えないことです。これは非常に大きな特徴です。通信機の世界では不要輻射は法律によって厳しく制限されており、何らかの検定を受けてチャンネル外に漏れる不要輻射の量が基準以下であることを証明しなければなりません。これは限られた資源を有効に使うために守らなければならない基本的な約束事項です。ところがPSNのように素子の誤差や経年変化の影響を受ける方式ではチャンネル外への不要輻射の押さえ込みに細心の注意が必要です。
ウェーバー方式の場合は原理的に不要側波帯が隣接チャンネルに漏れない為、安定な送信機にすることができます。
他方でウェーバー方式固有の欠点があります。ミキサー1の出力からミキサー2の入力にかけてDCオフセットが存在すると、OSC2が出力にもれてしまいます。OSC2は図4を見てもわかるように伝送チャンネルのど真ん中にあり、SSB復調を行うと、非常に耳障りに聞こえます。ディスクリートで組もうがICで組もうがアナログ回路のDCオフセットを取り除くのは至難の業です。また、調整して取り除いても経時変化によってオフセットが増大することもあります。一方、図3にあるようにこの部分はDCまできっちり伝送路になっているため、安易にHPFを入れればてきめんに音質が劣化します。そのため、ウェーバー方式ではDCオフセットを発生源で取り除くことがもっとも重要かつ困難であるといえます。
また、不要側波帯がチャンネル外に漏れないとはいえ、もれれば通話品質は低下します。ミキサー1の出力フィルタには逆チェビシェフフィルタのような急峻で帯域外減衰量のしっかりしたものが必要ですが、こういったフィルタを二つ特性をそろえて作るのは困難です。このような理由から不要側波帯を小さく抑えることは難しいかもしれません。
さらに回路規模が大きくなるのも欠点といえます。
以上のようにウェーバー方式は利点と欠点を併せ持つのですが、ひとたびディジタル化を考えると欠点がすべて消えてしまいます。
このようにウェーバー方式はとことんディジタル化に向いています。発表されて50年近く経過したこの方式は日本でこそほとんど忘れ去れていますが、海外では割と紹介されており知名度が低いわけではありません。ディジタル時代の今こそ見直してみるのも面白いと思います。
なお、当サイトでもウェーバー方式のSSB変調器を組んでみました。
⇒次はアマチュア無線に思う