アップ・サンプリングとは、ある周波数でサンプリングされた信号をより高い周波数で再サンプリングすることです。たとえば48KHzでサンプリングされた信号を96KHzで再サンプリングすれば、それはアップ・サンプリングとなります。再サンプリングは何の面倒もないような気がしますが、実際に何がおきて何をする必要があるかを理解するには、サンプリングという操作の物理的な意味をきちんと理解しておく必要があります。ここでは、その部分を直感的に理解できるように説明していきます。
まず下の図を見てください。(a)がこれからサンプルされる源信号で、(b)がそのスペクトラムです。(a)はすでにアンチ・エイリアス・フィルターを通してあります。このとき、(c)がサンプルされた後の信号波形で、(d)がそのスペクトラムです。
ここで注意してほしいのは、(c)や(d)はディジタル化(量子化)したかどうかは関係なく、あくまで時間的なサンプリングを行った結果であるという点です。サンプリングの結果、源信号はTS0ごとの不連続な信号になります。そのスペクトルを注意してみてください。(d)の点線は補助線であり、サンプル周波数FS0の位置を表しています。その両側に(b)のスペクトルが対称に広がっていますが、本来のスペクトル(b)だけでなく余計なスペクトルが現れています。このようなスペクトルが現れるのは、直感的にはわかりにくいものの、無線でいう変調操作として捕らえると幾分わかりやすくなります。
下の図はそれを説明しています。源波形で被変調波を変調すると考えるのですが、その場合の変調方法は単なる乗算と考えます。そうすると、(b)のような波形は非常に多くの高調波を含んでいますので、FS0の整数倍の成分が多数並んだスペクトルになります。そしてそのような(b)に対して(a)をかけると、スペクトルはFS0の整数倍の成分が消えてしまい、もとあったそれらの成分の両側に(a)のスペクトル成分が対称に広がることになります。これは上の図の(d)そのものです。
普段はあまり意識しないものの、ディジタル化した信号に対する操作はすべて最初の図の(d)のようなスペクトルを持つ信号に対する操作であることに注意してください。これはあとで重要になってくる点です。
さて、アップ・サンプリングです。最初の図の(c)のようなサンプル後の信号があるとします。これを2倍のレートにアップ・サンプリングする場合を考えてください。時間間隔はちょうど半分になりますので問題ないのですが、それらのサンプル値はどうするのでしょうか。結論から言えば新たに増やしたサンプル点の値はすべて0にします。すると下の図の(a)のように本来のサンプル値と0が交互に現れる信号になります。このスペクトルはどうなるでしょうか。実は(b)のようにこれまでのサンプル後のスペクトルとまったくいっしょなのです。
これは考えてみると当然のことです。サンプル値というとついディジタル信号として考えがちですが、先に述べたように本来ディジタルかアナログかは関係なく、どちらで考えても同じはずです。そうしてアナログ信号としてみた場合は増えたサンプル点の値はすべて0であり、これはサンプルを増やす前と変わりません。結局アナログ的に見ると波形は変わっていないのでスペクトルが変わらないのもあたりまえです。
スペクトルを見てみると、それ自身のパターンは変わらないもののサンプル周波数は当然2倍になっています。そのため何の問題もないように見えます。ところが大有りなのです。あらたなサンプル周波数はFS1でありこれはFS0の2倍ですが、ナイキスト周波数も2倍になるために余計なスペクトルが問題になるのです(下の図の灰色の部分)。灰色の部分のスペクトルはいまや2倍になったナイキスト周波数よりも低い領域にあり、処理を行うときには「信号」として顔を出してきます。
そこでこの余計な信号(エイリアス)を取り除くためにアップ・サンプリング後の信号に対してディジタルLPFを施します。このフィルタは急峻なものが要求されますが、すでによく知られているようにディジタル・フィルタであれば急峻で振幅・位相特性の優れたものを比較的容易に作るすることができます。
このようにアップ・サンプリングを行うだけでは信号処理としては不十分であり、必ず後ろに余計なスペクトル・イメージ(エイリアス)を削除するためのLPFが必要になります。この目的のLPFをインターポレーション・フィルター( Interpolation Filter )と呼びます。システム構成は下の図のようになり、このような構成のシステムをインターポレーター( Interpolator )と呼びます。
インターポレーターを通すことで、同じ波形に対するサンプル周波数は倍になり、余分な信号も抑えることができます。なお、LPFをかけた後、元のスペクトルの高域分だけではなく、サンプル周波数FS1の両側に広がるスペクトルからも広域分が削除されていることに注意してください。FS1のすべての高調波の両側のスペクトルについても同様です。これはディジタル・フィルタの機能として理解しようとすると解釈に苦しむことになります。しかしながら、再びアナログ的に見て両側のスペクトルをサンプル周波数の高調波に対する変調結果と見れば、源信号が高域カットされているのだから変調信号でも同じ結果になるのは当然といえます。
インターポレーターはDACの直前に使うとDAC直後のアナログLPFを簡素化することができます。CDプレイヤーが出始めたころ、44.1KHzのDACの後ろには急峻なチェビシェフ・フィルタを使っていました。当時はDACが高価だったので仕方がありませんでしたが、このチェビシェフ・フィルタの振幅・位相特性は嫌われ、DACが低価格になるとともに「オーバーサンプリング」と呼ばれる技術が導入されました。これが実はインターポレーターで、DACでのサンプリング周波数を4倍、8倍などとすることにより、出力のアナログLPFを簡素で特性の良好なものにすることができたのでした。昔話です。
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